メタンガスが強く吸収する光の波長は例えばおよそ3.3ミクロン近辺にあり、研究開発当初この領域の波長のレーザーを発光できるのは、ヘリウムネオンレーザーと呼ばれる長さ1メートルくらいはあろうかというガラス製の装置でした。このシステムでは、地表面に当たって乱反射したレーザー光を直径およそ20センチの望遠鏡で集光します。望遠鏡とレーザー装置は、同じ方向を向くように束ねて組み立てられ、装置の後方には赤外光を受光するための液体窒素で冷却された特殊なセンサーが取り付けられていました。これらの装置は大変振動に敏感なため、すべての機器を窒素ガスで中空に浮かした除振台の上に乗せる必要がありました。一連の先駆的な研究開発によって、世界で初めて遠隔でのメタンガス検知ができることは示されたものの、実際の現場で使える装置にするには要素技術の進展を待たなければなりませんでした。
ガラス製のヘリウムネオンレーザーは振動に弱く、小型化も困難であったことが本検知器製品化の最大の問題でしたが、光通信においてしばしば使われる波長1.6ミクロンの半導体素子を利用するというブレークスルーにより克服、2001年に世界初の遠隔メタンガス検知器の製品化が行われました。この製品は、光学系と電装部が別々の2筐体構成で、光ファイバーによって接続されていました。高価であったこともあり、販売された製品数はわずかでした。
初代のレーザーメタン検知器は画期的な機能を持った製品でしたが、2筐体で重量もあり、さらには高価であったため、一般に広く使われるためには一体化モデルの登場を待たなければなりませんでした。2004年にハンディ型のレーザメタン検知器の開発に成功、アラーム機能のみのタイプと測定値を表示できる2つのタイプが販売され、国内の多くのガス事業者に採用されることとなりました。
一体型のレーザーメタン検知器は、実際にガス漏洩現場で使用され保安の向上に役立ちましたが、防爆構造でないことから使用できる場所の制約を受け、ユーザーからも防爆仕様の製品への期待が高まっていました。そこで2008年に防爆仕様で装置サイズも従来品に比べ非常に小さくなったレーザーメタンミニを開発、緑色ガイドレーザーの採用や通信機能などの改良を行いながら現在に至っています。本製品は2009年には日本ガス協会の技術大賞を受賞しました。
その後市場は海外にも広がり、世界中のガス事業者の日々の保安業務に活用されています。これまでの販売総数は6000台を超え、現在も年間500台程度の製品が販売されていますが、その90%以上を海外での販売が占めています。例えばイタリアの大手ガス事業者では1社で約400台のレーザーメタンミニを導入、フィールドでの保安業務にレーザーメタンミニが本格的に採用されました。最近では、都市ガス業界だけでなく米国ニューヨーク市消防局(NYFD)に300台以上が採用されるなど、使用分野も広がりを見せてきています。
他方、2020年に初めて経済産業省が主催者に加わり電力・ガス分野が受賞対象に加えられた第4回インフラメンテナンス大賞において「レーザーを用いた遠隔からのガス漏えい検査技術」に対して東京ガス(株)、東京ガスエンジニアリングソリューションズ(株)、そして現在レーザーメタンを製造している(株)ガスターが共同で特別賞を受賞し、メンテナンス業務へのレーザーメタンの貢献が高く評価されました。研究開始から40年近くの時を経てついにレーザーメタン検知器は実用機器として広く知られる存在となったのです。
→ レーザーメタンmini 製品紹介
一方で、インフラ設備の老朽化や人手不足の問題がガス事業を含め社会的な問題となる中で、いわゆる「スマート保安」と呼ばれるIoTやAI、さらにはドローンなどの先端技術を用いたソリューションへの期待がこれまで以上に重要になってきています。レーザーメタン検知器は、従来の吸引式の漏洩検知機に比較して広範囲におけるメタンガスの存在をきわめて高速に検知することができるという特性をもっており、都市ガスの現場におけるスマート保安の実現に資する技術として特に注目が高まってきていました。しかし、ハンディ型のレーザーメタンミニは外部へ信号を取り出すことができず、また連続運用時間がバッテリーの容量によって制約を受けるなどの課題があったことから、検知信号取り出しインターフェースを備え、外部電源によって連続動作が可能なレーザーファルコンを2018年に製品化しました。制御ソフトを無償で公開しており、ユーザーが自由にレーザーファルコンを組み込んだシステムを開発することができます。
ドローンに搭載したレーザーファルコン。上空100mから地上のガス漏洩を探索可能。
レーザーファルコンの応用事例として、工場などの厳しい環境において失火検知などを行うレーザーメタンアイを開発しました。この製品はレーザーファルコンを頑健な金属ケースに入れ、圧縮空気による冷却機能や異常動作を監視するウオッチドッグ機能などを搭載、すでに実用に供されています。レーザーファルコンはドローンへの搭載も意識しており、検知距離が100mに伸びたほか、本体重量が230グラムと軽量な設計となっています。すでに海外を中心にレーザーファルコンを搭載したガス漏洩探査ドローンが開発されており、GPS機能と組み合わせたガス漏洩場所の探索などが行われています。また、都市ガスの製造・供給施設において、回転する架台に搭載したレーザーメタンファルコンによって常時監視することができれば、広範囲の漏洩検査を少ない検査設備で常時監視することができるようになるなど新たな使い方が検討されています。
→ レーザーファルコン 製品紹介
レーザーメタンの発展の歴史はいつも順風満帆という訳ではありませんでしたが、都市ガスによる事故を防ぐという目的を共有し、多くの関係者が協力し合ってここまで来ることができました。これまでのご尽力に対して関係者の皆様に厚く御礼を申し上げるとともに、レーザーメタンによるさらなる都市ガス保安の向上のために引き続き努力をしていきたいと思います。
© 2005 TOKYO GAS ENGINEERING SOLUTIONS CORP. all rights reserved.
個人情報のお取り扱いについて サイトのご利用について