最近、家族が体調を崩して病院から漢方の薬をもらってきた。風を引いた時に飲む葛根湯くらいしか知らなかったのだが、折角なので漢方って一体何かをちょっと調べてみた。まず漢方の対極にあるのが西洋医学と言えるだろうけど、一言でいうと西洋医学というのは病気の症状から原因を見つけ出し、その原因をつぶすことによって回復を図るという方法をとる。脳腫瘍ができたり、大腸がんになったりしたら、その患部を取り去らない限りは病気は治癒しない。最近ではCTやMRIのような先端機器も使われるようになってきたから、病気の原因を見つけることも容易になった。普通お目にかかる医師というのは、この西洋式の因果律を前提にした診療を行うことになっている。
西洋式の医学というのは、病気の根本的な原因を叩いて治療をするので、きっちり原因がわかれば大変強力な方法論だ。外科的手術によって病根を根こそぎ取り去ってしまうので、あとで病気が再発することもない。しかし、ここで注意しなければいけないのは、「原因がわかれば」というフレーズだ。もし表に現れている症状の背後にある原因が特定できないとなると、急に西洋医学は無力になってしまう。「体が冷えるんです。」とか「ちょっと疲れがたまって。」といった全身症状などの根本原因を見つけにくい疾病は、西洋医学にとっては却って難しい対象なのかもしれない。
こういう症状に対しては漢方の方に分があるのだという。なぜ、こういうボヤリとした症状に対して漢方が有効なのかというと、漢方というのはその症状の原因を探ることを最初からしないのである。何せ何千年も前から行われてきた医療であるので、当時はCTやMRIどころか体温計さえもなかった。そんな時代に体の中の臓器の様子など知るすべがなかった。仕方がないので、こういう症状が出たときはこの薬が効いたとか、あの薬とこの薬を混ぜるとあの病気に効果があったといった、いわば対症療法のかき集めが漢方なのである。体が冷えるときはこの漢方の処方が良いとか、疲れがたまったときはこの処方が良いといったレシピが、長年の経験の積み重ねでできあがっているのである。もしかすると、その体の冷えは、臓器の異常や神経の不具合といった複数の病気が原因になっているのかもしれないが、漢方はそんなことには頓着しない。あくまでも患者が訴える症状に対して薬を処方するのである。そんないい加減なことで治るのかと私も思わなくもないのだけれど、100%効くとは言えないまでも、そこそこに効いて治る人もたくさんいるという。というかそこそこに効くレシピだけが今残っているといった方がいいだろう。そして、最初から10割を狙わないのも漢方の特長のだという。しばらく服用して、いまいち効かないときは、また別の薬を試してみるのも漢方ではよくあることらしい。他方、西洋医学では、病気の原因は見つかって手術で病巣は除去できしたけれど、結局患者は死んでしまったなんてこともあるが、漢方ではとにかく患者の症状を軽減することに力点が置かれるので、西洋医学で対処できないような患者の症状にも対応ができるということらしい。
仕事をするとき、我々は目の前の問題の背後に隠れている原因を探し、それを改善することによって問題を解決することを当たり前のようにやっている。行き当たりばったりの対症療法は良くないとも教わった。こうした方法論(つまり科学的方法)は、まさにここで議論した西洋医学と同じ枠組みである。もちろんこの方法でうまくいくこともたくさんあるので、全面否定するつもりは毛頭ないけど、その方法論には限界があることも事実なのだ。そんな時は漢方みたいに相手の言っていることに素直に相槌を打つことも大切なことのように思える。たとえそれがロジカルでなくても構わない。長期的にはその人にとって良くないことに思えるかもしれないが、そんなことはどうでもいい。今欲しいものを与えることに注力する。先々どうなるかなんてどうせわからないのだ。これ、できるようで案外難しいことなのかもしれない。
新見 正則 『西洋医がすすめる漢方』 2010,新潮選書
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