ハーバード大学の有名なサンデル教授の本の名前である。「運も実力のうち」というのはどこかで聞いたこともあるのだが、この本のタイトルはその逆である。いったい何のことが書いてあるのだろうかという興味があった。ただ、正直言って読みやすい本ではなかった。訳をした人も大変だったんだろうなと思うくらい、論理がごちゃごちゃと展開されていて、本当にこれは日本語かと疑いたくなるような文章もたくさんあった。ただ、時々すごくわかりやすい部分もあったので(笑)、自分で理解できた部分について紹介してみたい。
一言でいうと、アメリカをはじめ日本でも普通は正しいとされている「能力主義」に対する批判である。もちろん、かつての階級社会のように出自によってその人の人生が決まってしまうような社会は望ましくない。そうした階級間の壁をなくして皆が平等にチャンスを生かせるような世の中をかつての指導者は目指した。それが能力主義である。アメリカンドリームという言葉に代表されるような成功をつかむ人も現れた。誰でも才能と努力によって勝利をつかむことができる。それが自由の国アメリカの理想であるはずだった。
しかし今、その能力主義によって成功した人は益々驕り、落ちこぼれてしまった人は劣等感にさいなまれ、結果として社会が二極化、GAFAに代表されるほんの一握りの人々がものすごい利益を独占し、あとは多くの恵まれない人という分断を生んでしまった。今や社会的流動性が能力主義によって阻害されているという。体制を極論で批判するポピュリズムのような思想もそんな文脈の中で生まれてきた。学生と議論するサンデル教授は、米国最高学府ハーバード大学の学生たちに、
「その成功はあなただけの力で得たものですか?」
と問うのである。そこには親や先生などのいろんな人の助けもあっただろうし、単にラッキーだったいうこともあるのではないかと教授は指摘する。自分の才能だって自分の努力というわけではないだろう。
「実力も運のうちでしょう。」
というのは、そういう文脈での問いかけなのである。
技術開発やサイエンス探求における運や偶然の重要性という視点ともちょっと関係している気がしないでもない。すべての問題が科学によって解決できると考える傲慢な科学万能主義批判と、サンデル教授の言う能力主義批判には似ているところあるように思えるのだ。
能力主義に対する対応策の一つとして、有名大学の入試における改革を提案しているのがちょっと面白いと思った。ある程度の足切りのあとは、くじ引きで合否を決めるというやり方だ。この方法によって受験する生徒の極端な受験対策を無用のものとし、社会がその大学を見る目というのもちょっと変わってくる。だって、くじ運でハーバードに入れるのだから、極端なエリート意識はもはや成り立たないという図式だ。まあ、実際にやろうとしたら相当な反対がありそうだけど。
自分の現在の立ち位置は、実は自分の努力と判断によってすべてをもたらされたものではなく偶然にも大きく依存していると認め、それを社会的な仕組みの中に積極的に組み込んでいくというアプローチ、何か技術開発にも取り込めないだろうか。例えば開発で重要な判断をしなければいけなくなったときに、おみくじ引いて決めるとか。案外そっちの方がいい結果が出るような気もするんですがね。まあ、どんな開発でも自分の力だけでできたものなんかないか。どうでしょ。
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