どこの家でも屋根の上を眺めるとテレビの受信アンテナが設置されているだろう。そう、一本の軸の上に割りばしのような金属棒が魚の骨のように何本も配置された「YAGIアンテナ」という装置だ。YAGIとは、当時東北大学の教授をしていた八木秀次の名前に由来する。実はこのアンテナの開発には、八木の下で講師として研究をしていた宇田新太郎の貢献が大きく「八木・宇田アンテナ」というのが正式の名前らしいのだが、特許を八木が単独で出したりしたこともあり、当時はいろいろもめたらしいが、ここではそのことには立ち入らない。
このアンテナがどのようにして発明されたかについて調べてみると、当時八木の下で研究をしていた西村雄二という学生が、コイルの性能を評価するために(アンテナの評価じゃない!)、アンテナの周りに設置したコイルに発生する電圧を測定していた事に始まる。ところが、そのコイルの大きさや配置をいろいろ変えてデータをとると、時々おかしな数値を示すことに気が付いた。たぶん、アンテナから離れるとだんだん検知される信号も小さくなるような結果を予想していたんだろうけど、実際にはそういうことにはならず、コイルの配置によって妙に電圧が大きくなるようなデータがとれたんだろうと思う。これは明らかに変なデータである。雑音といってもいい。こんな変なデータでは卒業論文に載せられないと学生は焦ったのかもしれない。
ここまでは、実験をやったことのあるものなら誰でも経験しているようなことである。思っていたようなデータが取れず頭を抱え、どうにかしてその「雑音」が消えるように何度も測定をしてみたり、測定の仕方を工夫したりする。でも、彼らはそうはしなかった。どうやら、どこに測定用のコイルを配置するかによってアンテナの性能が大きく変化することに気が付いたのだ。この気づきにどのようにして到達したのかはよくわからない。おかしな現象があると西村は八木に相談したとある。少なくともその学生は雑音とは思わなかった。とにかく、彼らはその「雑音」に果敢に挑戦をし続けて、ついにはアンテナの周りの適当な位置に金属棒を配置すると劇的にアンテナの性能を向上させることができることに気が付いたのだ。これはすごい。すごいと思う。
こんなことは常人にはできるはずのないことなのかもしれないけど、でもどこに宝物が埋まっているかを知るヒントにはなる。つまり、予想と違ってうまくいかないところには、必ず何かが埋まっているということだ。もちろんそれは、単なる測定ミスということかもしれないけど、八木アンテナのような大発見が埋まっている可能性もあるのである。今やっているプロジェクト、きっとうまくいかずに困っている点がいくつもあるに違いない。出来ればそんなことからは目をそらして、最初に思い描いたきれいなゴールにたどり着きたいと思うだろう。でも、多分そんなことをやっていても世紀の大発見は生まれない。(だから研究開発のロードマップというのは私は嫌いだ。)うまくいかない実験結果を穴が開くほど眺めることこそ成功への近道なのだ。
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