メールの誤送信を防ぐ方法

 
  Vol.240
2020年9月29日
 
     
     

コロナ騒動でウエブ会議が当たり前になり大分慣れてきた気もする。もちろん、コロナがなくても、ビジネスを進める上でメールが欠くことのできないツールになって久しい。時には他の人には知られたくない情報を送ることもあるだろうが、ついうっかり間違えて他の人にメールを送ったり、添付したファイルが間違っていたりした経験は誰でもあるのではないだろうか。些細な事ならお詫びのメールでも送れば済むだろうが、時には謝ったでは済まないことも起こりうる。日ごろから間違いメールを送らないように十分確認をした上で送信のクリックをするよう心掛けたい。最近は、メールを送ってもすぐには送信されずしばらく経ってから本当に送信するような仕組みも組み込まれていると聞く。送信した瞬間に気が付いた誤りだったら、この機能で救われることもあるかもしれない。

他方、真面目に仕事をしている中でメールを送るとすれば、そうそう間違いなど起こらないような気もする。普通だったら、書いたメールを一回は読み直してから送信するくらいはやっているだろう。それなのに、なぜミスは起こるのか?

それはやはり「思い込み」ということなのだろう。目の前にある文章を読んでいるつもりで、実は頭の中に浮かんだ「こうあるべき」というイメージを読んでいるにすぎないのだ。人間の意識というのは、必ずしも目に入った光を機械的に写し取ったイメージを見ているのではなく、たくさんのインプット情報を適当に処理して、都合がいいように再構成された映画のようなものだという話をこのコラムでも以前紹介した。メールを読んでいるときに全く同じことが起きているに違いない。目の前のスクリーンに映っている文字を読んでいるつもりになっているのだが、

「もう間違いないよね、このメール。」

という、もう一人の自分の声に従ってメールの文章は綺麗に書き換えられてしまう。こうなっては間違いなど発見できない。

もしメール送信における誤りが上記のようなメカニズムで起きているとすれば、頭の中に送信する内容のイメージができないようにすれば良いということになる。例えば、書いた文章を逆さまに読んでみたらどうだろう。読みにくいことこの上ない作業ではあるが、その分、頭の中には偽のイメージがわくこともなく、字一字を確認することができる。出版物などの校正の世界には、実際に逆読み校正というのもあるらしい。しかし、毎日の業務の中で逆さ読みを導入するかといえば、それはちょっと厳しい気もする。メルアドの確認くらいだったらできないこともないが。

少しネットで校正のことを調べてみると、「素読み校正」という聞きなれない言葉を見つけた。素読みというのは、江戸時代に武士の子供が例えば論語の中身がわからないままそれを毎日読んで覚える学習法を指すらしい。時代劇などでもよく出てくる風景だ。中身が理解できていないので学習者の頭の中にはイメージがちっとも浮かばないから、読み違いなどは起こりにくい。そんなことやって意味があるのかという気もしないではないが、何年もこういう鍛錬をやっていると、例えば論語の中にあるリズムというかそういうことが徐々に身についていくものらしい。

話を元へ戻すと、校正作業で使われるのと同様に、書いた文章の意味をできるだけ理解せずに素読みしてはどうかと思うのだ。文章に意味が生まれた瞬間に人の脳は横着を始める。その横着をできるだけ抑えるように、意味を考えずに読んでみるという作戦だ。意味を考えずに自分の書いた文章が読めるはずはないとも思えるだろうが、やってみると案外悪くない。文章の意味ではなく、そこに書かれている文字に注目して確認をする。そういえば今までだって、多少そんな感じで文書のチェックをしてきたような気がするのだが、どうだろう。そういうプロセスを意識的にやってみたら、間違いの可能性はもっと下がったりしないだろうか。





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