失敗実験を考える

 
  Vol.238
2020年8月14日
 
     
     

実験をしていて思ったように結果が出ないことがある。というかほとんどの場合において思ったようなデータは出ない。ずーっとそうである。こういう時にどうするかというのが今回の話題である。

思うようなデータが出ないと、

「これはだめだ。」

ということになって、その実験はおしまいになることが殆どだろう。でも、ほとんどの開発成功物語を見ると、予想外の結果を面白いと考えて、その結果をさらに追求して大発見につながっている。島津製作所でノーベル賞を取った田中耕一氏の研究などもそのよい例だろう。とすれば、思ったような結果が出ないからと言って、そのデータを捨ててしまうのはもったいないことになるかもしれない。ただ、10回のうち9回は、本当にどうしようもないデータに違いなく、その辺の見極めは凡人には極めて難しい。

なぜ私はそのデータをだめだと思ったのか?それはもちろん、自分が描いたシナリオ通りの結果ではなかったからに違いない。でも、そのデータは私がシナリオを描こうがどうしようが関係なく、自然法則に従って得られたものであり、そこに良いも悪いもないはずである。少なくとも、あらかじめ考えていたシナリオ以外にもそのデータの別の解釈があるに違いない。自分の視線の方向以外に向かっているデータにも目を向けることができれば、どんな実験でもそこから意味をくみ出すことができるはずである。でも、実際やってみるとこれが中々難しい。思い込みから抜け出すことは簡単ではない。心の修練と経験がものをいう。

ここまでは科学技術の実験に関する自分の経験なのだが、よく考えてみるとこういうことって他にもいろいろあるように思える。ビジネス上の判断や政治などなど、世の中のいろんな事柄はゴールが設定されてそれに向かう試行錯誤の連続だ。そして、そのプロセスは科学実験のような単純なものではなく、人間系のとてつもなく複雑なものである。最初に思い描いたストーリー通りに話が展開することなどほとんどないといってもいいだろう。こんな時に、実験結果が思った通りでなかった時に「これはだめだ。」と決めつけないのと同じように、「物事の白黒をはっきりつけない」という方法論を試してみたらどうだろうと思う。今の世の中、政治家でも評論家でも、バッサリと物事を切り分けて「これではだめだ!」と切り捨てたり、極端な政策を主張する政党が世界中で支持されている。そういう人たちの議論は確かにわかりやすいので支持を集めやすいのも事実だろう。でも、これまでの科学実験の経験に照らす限り、そういう人たちは実はあまり社会の本質が見えていないのでないかと思うのだがどうだろう。地味だけど白黒つけずに何事にも折り合いをつけていく、そんな考え方が大事である気がしてならない。





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