オンライン会議について

 
  Vol.232
2020年4月20日
 
     
     

コロナウイルスの蔓延によって、私たちの生活にも大きな影響が出ている。
ここは外出の自粛に協力して、一日でも早くパンデミックが沈静化することを祈るばかりである。業務でも在宅勤務がデファクトの業務形態になって自宅でPCとネットを使って行って皆仕事をしている。社外の人たちとのコミュニケーションは、メール・電話そしてオンライン会議ということになる。

今までオンライン会議は海外の取引先と何回かやったことはあったけど、いつも使っていたという程ではなかった。最初のセットアップはちょっと面倒だけど、一度やってみればそれほど難しいこともない。参加者全員の顔が画面に映って、電話同様に話者の声がスピーカーから聞こえる。資料を表示したり、ホワイトボードにイラストや文字も書いたりすることもできる。なるほど、なるほど、こりゃ便利だね。

 実際に何回かオンライン会議を使って見ると、概ね了解済みの内容を参加者で共有・確認することはとてもスムーズにできるように思う。司会者が用意した資料を説明し、他の人はそれを理解する。もちろん、内容に疑問や意見があれば、それを聞き返すこともできる。
普通の会議の展開だろう。でも、相手の言ったことに否定的なコメントや意見は、何となくしにくい気がするのは私だけだろうか。リアルな会議をするときには、相手の発言をリスペクトしながらも、「こんな意見もあるんじゃないの」という感じの発言をすることも多い。
そういう発言がきっかけとなって議論が深まり、当初考えていなかったような結論にたどりつけることもあるだろう。しかし、メールによる意見交換やオンライン会議では、どうしても

(相手の発言をリスペクトしながらも)

というニュアンスが部分的に伝わらないことがあるだろう。ニュアンスのない反対意見は、聞いた人にとってみると強烈な反駁意見ともとられかねず、建設的なコミュニケーションにならないことも考えられる。実際にはそこまでの極端なことにはならなくても、結局、電子的な手段でのコミュニケーションではその内容がより肯定的な方向にシフトしてしまうのではないかと思うのだ。

「本当は意見もあるんだけど、面倒くさいから『了解です。』ということでいいか。」

と、つい思ってしまう傾向が高まる場合があると思う。皆がより肯定的な方向にシフトするなら、それはそれでめでたいことと思うかもしれないが、たぶんそんなことはない。いろいろな意見を交換することができて初めて会議は意味を持つ。もちろん、だからといってオンライン会議をやることに意味がないとは思ってはいない。この緊急時にコミュニケーションをとるためのツールとしてぜひとも活用したいと思う。ただ、交換できる情報量が制限されるこうしたツールを使うとき、その性質を少し意識しておくことは決して意味のないことではないと思うのだ。どうしても否定の発言はニュアンスを伝えるのが難しい。
ちょっと高等戦術だけど、質問の形に自分の意見を作り直してみるのはどうかと思う。
オンライン会議にもいろいろノウハウがありそうだ。





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