のぼせが終わるころに
関係がはじまる

 
  Vol.230
2020年1月30日
 
     
     

著名な心理学者の河合隼雄の本の中にあった言葉である。異性に対してはもちろん、趣味の対象であったり、ファッションであったり、人はいろんなもの(人)に「のぼせ上がる」。どんな人でも多かれ少なかれそういう経験があるに違いない。

河合先生曰く、

 「のぼせるためには、理性的判断が少し弱まる、あるいは、理性的判断を超えるものが心の中で働いていなくてはならない。」
「そして、それは自分の心の中の深い部分が活性化されているのである。」

と言う。私の場合はカメラや望遠鏡に「のぼせ」、カタログを朝から晩まで眺めてはあれも欲しいこれも欲しいとなっているが、確かにのぼせ上っている時は他のことが目に入らないし、すべて思うがままになるような気持になる。そこは理性というより、何か制御の効かない心の深い部分が働いていると言ってもいいだろう。

じゃあ、そういう「のぼせ」はよくないことかというと、そうでもないらしい。

「のぼせの状態は、将来の真の関係の土台つくりに役立っていることが多い。そこには相当なエネルギーが流れているし、将来の関係の予想図や、反省すべき過去の問題などがごっちゃになって含まれている。」

「のぼせ」が収まり少し理性的になってきたときに初めて、自分の周りの人との関係であったり、対象となるものとの関係が深まったりしていく、そのプロセスが大事だと先生は言う。

こういうことって、仕事でもいえるような気がしてならない。あるテーマにのめりこんで取り組む時がある。それはそれで大切なことだろうけど、そういう「のぼせ」のタイミングが過ぎた後で、もう一回そのテーマの意味をじっくり考えてみる。何か他のビジネスへの足掛かりになっているかもしれないし、さらに大きな発展への序曲なのかもしれない。

さらに話を広げれば社会全体おいても同じようなことが言える気もする。AIや人工知能が大はやりの昨今、これらの技術の本当の意味はまだよく見えていない気もする。もう何年か「のぼせ」の期間を経たのちに、それはジワリと見えてくるのではないだろうか。

「のぼせが醒めたときから、大切な仕事がはじまることを知っておかないと、せっかくののぼせを生かすことができないだろう。」

と先生はそのエッセイを締めくくっている。

 

河合隼雄 『こころの処方箋』 平成10年、新潮文庫





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