技能の継承について

 
  Vol.222
2019年7月2日
 
     
     

日本をはじめとする先進国では平均年齢がどんどん高くなってきていることは周知の事実である。平均寿命が医療の進歩で高くなり、他方少子化に歯止めがかからない。頭の痛い問題だ。これはもちろん会社においても大きな問題で、高い技能を持ったエンジニアがどんどん退職してしまうと、彼らの持っているノウハウが伝承されずに失われてしまう。

何とかこういう問題に対応しようということで、コンピュータを使って先輩のノウハウをデータベースに記録しておくことがあちこちで行われているが、あまり上手く行ったという話を聞いたことがない。インタビューによってノウハウを聞きだし、それをコンピュータに入力していく。上手く行かないのは、インタビューの仕方を含む情報の抽出の仕方に問題があるのだろうか。それでも最近はAIやIoTさらにはビックデータといった技術が大いに進歩したので、もしかしたらある程度のことはできるようになったのかもしれないけど。

毎年会社には新入社員が入ってくる。彼らのフレッシュなアイディアは大いに期待したいけれど、現場では最初から彼らを当てにすることはできない。何年かの現場経験を経て、だんだん新米は中堅に育って行く。このプロセスは今でも変わらないだろう。でも、よく考えれば、最近の若者はスマホをはじめとする電子機器の使い方はすごく上手いのだから、データベースに現場のノウハウをみんな入れておけば、チョチョいのチョいと仕事をこなしていけそうな気がしなくもない。でも、実際はそうならない。なぜか。

ここでまた内田樹先生の本の中にそのヒントを見つけた。内田先生は本の中で教育に関して、

『きれいに理屈が通っている、すっきりとしている先生じゃダメなんです。それでは子どもは育たない。成熟は葛藤を通してはたされるからです。』

と言い切っているのだ。さらに

『子どもたちが長い時間をかけて学ぶのは「すっきりした社会の、すっきりした成り立ち」ではなく(そのようなものは存在しません)、「ねじくれた社会の、ねじくれた成り立ち」についての懐の深い、タフな洞察だからです。』

とも言っている。

そう思って自分のことを振り返ってみると、仕事上でうまくいかなくて苦しんだ末に何かを発見した事や、セオリー通りの手順を踏んでいたのに思いもよらない現象が起きてしまい、それを修正するために現場あわせで何とか乗り越えた事、などの経験がノウハウになりえるのではと感じている。

もしかするとそのトラブルによって得られた知識というよりも、そういう矛盾した状況においてもパニックせずに落ち着いて、あきらめずに対応をする根性こそが、次の時代に伝えていくべきことなのかも知れない。と言っても単に体力とか馬力があればいいということでもなく、

『成熟というのは、「表層的には違うもののように聞こえるメッセージが実は同一であることが検出されるレベルを探り当てること」、これに尽くされるのです。』

と内田先生の言葉にもある通り、まずは目の前にあるトラブルの表面的な矛盾や葛藤に目を向け、その背後に隠れている根本的な問題のありかを見つけることが大切で、それができるようになれば、どんな仕事でもずっと落ち着いて対応できるようになってゆくに違いない。

 

内田樹 『街場の教育論』 2008年、ミシマ社






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