イマドキの無線趣味について

 
  Vol.220
2019年5月14日
 
     
     

知っている人は知っているが、私の趣味の一つにアマチュア無線というのがある。最近は山に登ってはそこからモールス信号でいろんな人と交信して楽しんでいる。こういう話をすると、誰でもスマホを持って世界中の誰とでもすぐに話ができる今の時代に、わざわざ大きなアンテナを立てて、よくわからないトンツー信号で話をして何が楽しいとよく言われる。そう問われると、
「それは魚釣りのようなものですよ。」
といつも説明していた。相手はまあ、わかったようなわからないような顔をして大体話はそこで終わる。いろんな電波の伝搬という自然の不確実性と対峙して、なんとか弱い信号しか聞こえない相手局とコミュニケーションをとるスリルは魚釣りと似てなくもないと思うのだが。

ちょっとネタばらしみたいになるのだが、最近のアマチュア無線は単に山に登ってそこでCQCQと連呼して交信相手を探すのではなく、インターネットのサイトに、
「今からこの周波数で交信します。」
というのを書き込むことができるようになっている。相手方の無線局は、こういうサイトで相手がいることを確認した上で無線機の周波数を合わせ、信号が聞こえれば交信を開始するという段取りだ。山登りの場合などは、山頂に到着するとスマホを取り出して(もちろん電話が届くことが前提だが)自分がこれから交信する周波数をネットに宣言する(そう、結局スマホがいるんですよ。(笑))。このサイトを見ているのは国内の無線局に限らない。海外に届く電波はとても弱くなるので、こういうサイトである程度情報を提供しないと交信を成立させることは不可能に近いのだ。

アマチュア無線は今から30〜40年くらい前に爆発的に人気が出た。ちょうど中学生だった私もそのころに試験を受けて免許を取った。そのころには、もちろんインターネットのようなものはなかったので、とにかくいろんな周波数を受信して、何か珍しい海外局が聞こえないかを探していた。アマチュア無線は受信に始まり受信に終わるなんてよく言ったものだ。本などの知識でどの季節のどの時間に海外の無線局が聞こえるのかはわかっても、毎日の電波伝搬のコンディションはなかなか予測できないので、結局まめに聞いて幸運をつかむしかなかった。そんな地味なプロセスに興味を失って、結局皆やめてしまった。

こんな風に考えると、今どきの無線というのはネットの力によって濃縮された野菜ジュースのようなものではないだろうか。聞こえるかどうかわからない海外の珍局との交信という一番おいしいところをお手軽に味わうために、それ以外の不確定要素をインターネットによって消し去る。ぐっと濃くなった交信経験を私たちは「面白い」と感じているのだと思う。

これはアマチュア無線というニッチな分野でのお話だが、インターネットというツールの本質をよくついているのではないかと思うのだがどうだろうか。我々生身の人間が感じることのできる「楽しみ」というのはインターネットがあろうがなかろうがそれほど変化する訳ではない。インターネットは時間や空間を超越することによって、その「楽しみ」を濃縮するのだ。

アマチュア無線にはさらに進んで相手との通信の部分にもインターネットを取り込んだようなものも存在する。新たな時代の無線のあり方との意見もあるが、「楽しみ」をちょっと濃縮し過ぎた感も否めない。近くのレピーターと呼ばれるポイントまで電波が飛べば、あとはインターネットを通して通信できるので不確実性はほとんどない。不確実性と楽しみはある意味同義なのだから、しばらくやっていると飽きてしまうのは自明のような気もするだが。さてどうなりますか。






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