無縁社会と有縁社会

 
  Vol.207
2018年5月24日
 
     
     

最近、平川克美氏の「21世紀の楕円幻想論」を読んだ。一種独特な本を発行しているミシマ社という出版社の本である。本の題名を読むと、いったい何の本だかさっぱりわからないが、今の社会の有り様というか、パラダイムシフトというか、そんなことを扱った本だった。

氏によれば、今の世の中というのは概して「無縁社会」なのだという。「無縁社会」というのは、物事がお金によって片付く社会であり、何かをもらったらそれに見合ったお金を支払ってお互いがいつもイーブンな関係になるようにする。借りたままや貸したままというのはよろしくない。お金という時間がたっても価値が変わらない道具によって、一時は貸し借りの関係ができても、ローンを支払って最後にはちゃんと返済する。まあ、当たり前と言えば当たり前の話である。全ての物事は合理的に出来上がっている社会と言ってもいい。

これに対して「有縁社会」とは、互いの相互依存関係を ”あり” とする社会のことだという。例えば、お祝いをもらっても全部は帰さず半分だけ返す「半返し」という習慣、合理的に考えればもらったご祝儀と同じだけの価値の引き出物を返せば、貸し借りなしでさっぱりするのだけれど、ご祝儀の半分はもらいっぱなしになっている。ちょっと極端だけど、ご祝儀をもらった人は、それを送られた人に依存していると言えるかもしれない。そういうちょっと不合理だけど、お互いが依存し合っているような社会を「有縁社会」というのだ。ご祝儀の半分をもらったままにするという形によって、結婚式に招待した全てのお客様に、その夫婦は依存していくことになるわけだ。

私たちは、基本的には無縁の関係で仕事をする。イーブンでない変な貸し借りをそのままにしておくのは良くないということになっている。何か仕事上の問題があれば、その問題の構造を明らかにして、それを解決するための企業を見つけ、契約を結んで、適正な費用を支払ってその解決を図る。これ以外の方法論があるのでしょうかというくらい当たり前の話だ。最近はやりのオープンイノベーションなんていうのも、そういうやり方の最たるものだろう。

でもね、と思う。仕事って人間関係だよなと思うのである。「あの人の言うことなら仕方ないからやってあげよう」とか、「最初の予定通りに仕事が進まなかったけど今回は貸しね」と言いながら協力してもらうとか、そういうことってきっとあると思うのである。こういう感覚っていうのが、この本の中で行っている有縁社会というニュアンスに近いのではないかと思う。

もちろん、そういうベタベタした関係だらけになると、それはそれでおかしなことになるのは言うまでもない。そこで、筆者は「有縁」と「無縁」という二つの焦点の周りを回る楕円のような社会を提唱しているのだ。ここまできてやっと本の題名の意味が見えてきた。ちょっと今の社会って「無縁」に偏りすぎていませんか?物事って、そんなに簡単に割り切れませんよ、という当たり前と言えば当たり前のことが描いてある本だったけど、結構納得してしまった。

 

平川克美、21世紀の楕円幻想論 その日暮らしの哲学、2018、ミシマ社

 






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