キュレーターについて

 
  Vol.200
2017年9月4日
 
     
     

キュレーターというのは、日本語では学芸員と訳されている。美術館などで絵画の調査や評価などを行う専門家のことである。美術館に行くと、時々キュレーターの方が館内の作品の解説なんかをしている時もある。参加するといろいろと専門的なことも聞けて楽しい。

随分前のことになるが、ある美術館で現代芸術に関する説明をキュレーターの女性から聞いていた。
彼女は、真っ赤なキャンバスに何本かの線が入っているだけの絵についてあれこれ説明をしてくれた。現代芸術分野に全くの造詣がない私には、ちんぷんかんぷんの内容だった。ただ、その中で一点だけ気になったことを質問した。

「そういう説明って、どこかに書いてあったんですか?」

現代芸術というのは極めて抽象的で、作品を見ただけでは、そこに意味している内容を直接的に理解することはできない。少なくとも私にはできなかった。だが、それはキュレーターにとっても同じことではないかと思ったのだ。まさか、作品の裏側に作者の意図が文字で書かれている訳はない。どこかで作者がインタビューに答えて自らの作品について語ったことがあれば、それを作品の意図として伝えることは可能かもしれない。でも普通は、作品が作られた時代背景、作者個人の置かれていた状況、同時期に製作された作品に流れる同様な主題などの間接的な情報をもとに、彼らはその作品の解釈を考えるのだろう。しかし、その解釈が正しいかどうかの保証はない。あくまでも解釈に過ぎない。じゃあキュレーターの解釈なんていうのはフィクションで、大した意味はないのではないかと、その時は思った。

「だれがそんな解釈を決めたんだ。インチキくさい話だな。」

それでは芸術作品の意味や価値というのは、いったい誰が決めるのだろうかという疑問も生まれてくる。ゴッホの絵は、作家の生前にはほとんど価値がなかったらしい。それが、今や世界中の美術館でゴッホの作品は大人気で、何億円いや何十億円もの値段がついている。なぜか。それは、世界中のキュレーターたちが、その絵を高く評価しているからに違いない。ニューヨークのメトロポリタン美術館の壁に堂々と飾ってあるゴッホの絵は、世界有数の規模とレベルを誇るその美術館に展示されているからこそ、高い価値があるのである。

キュレーターたち自らが芸術作品を作り出すことはない。しかし、彼らの評価によって世界中の芸術品には価値が与えられるのである。さらに言えば、どの作品をどの美術館のどこに展示するかということも、その芸術の価値に影響を与えるはずだ。誰の目にも触れずエジプトの砂の中にある限り、ファラオの墓の壁に刻まれた象形文字に誰もその価値を与えることはできない。発掘を経て、象形文字の内容が解読され、その意味が理解されることによって、その象形文字には新たな価値が生まれるに違いない。そんな風に考えると、キュレーターが与える芸術品の評価も芸術作品の一部と言っても良いのではないだろうか。直接聞いたことはないが、きっとキュレーターという職業の人々は、そんな気持ちで芸術作品と対峙しているのではないかと思う。

そんなことを考えながら目の前の絵画の解説を聞いていると、今まで以上に話に広がりが生まれたように感じるから不思議だ。絵画がどのように配置されているのかさえも気になり始めた。ちょっと美術館にはまりそうな予感がする。

 






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