2017年5月22日
Vol.197
 
     
ヒエログリフの解読について

エジプトで紀元前4世紀ぐらいまで使われて、その後その読み方がわからなくなってしまっていた文字にヒエログリフ(聖刻文字、神聖文字)というのがある。文字というよりも小さな絵の組み合わせのような不思議な雰囲気を持った古代のコミュニケーションツールをご存じの方も多いだろう。神殿や王墓などにところ狭しと書かれているヒエログリフは、その意味がわからなくても、その文字が刻みこまれている構造物に不思議な力を授けて守護しているようにも思えてくる。そこに何が書かれているかが自在にわかったら、さぞエジプト史への理解も深まるだろうなあと思うが、もちろんそう簡単なことではない。

ナポレオンの時代にフランスによってエジプトで発見され、結局イギリスに持ち帰られ、現在は大英博物館に所蔵されている有名なロゼッタストーンに、同じ内容の言葉がヒエログリフを含む3つの言語で書かれていたことから、相互にそれを比較し、シャンポリオンというフランス人の言語学者によってその意味が解読されたことは広く知られている。このヒエログリフ解読にまつわる歴史に関する本を最近読んだのだが、その本によると、どうもロゼッタストーンというのは、ヒエログリフ解読に当たってはそれほど大きな役割を果たさなかったらしいことを知った。なんでも、ロゼッタストーンに刻まれたヒエログリフは、不明瞭なところが多かったらしいのだ。実際ロゼッタストーンが発見されてからヒエログリフの謎が解かれるまでにはずいぶん長い時間がかかった。また、ヒエログリフ解読の栄誉のために、シャンポリオンの他にも何人もの研究者がその難題にチャレンジし、時に中傷合戦のような状況も起こったらしい。

なぜ、ヒエログリフの解読にそんなに長い時間がかかったのか。具体的にその言葉を理解しているわけではないのだが、どうもヒエログリフには表音文字と表意文字の二つの側面があったことが大きいらしい。アルファベットのように発音だけを表して具体的な意味を持たない文字として使われる時と、漢字のように特定の意味を表す時の両方の側面をヒエログリフは持っているらしいのである。さらに、それらの二つの使い方を指し示すための決定詞とよばれる発音されない言葉があるという。文法書なしに、そんな複雑な構造を持つ言葉を理解しようとしたのだから、それは大変だったに違いない。

言語を理解する時、それが表音文字か表意文字かを見極めることは大切なことに違いない。最初にその解読に取り組んだ時に、表音文字であると仮定して何文字かの意味がうまくわかったとしたら、きっとこの文字は表音文字だと思うに違いない。逆また然りである。実際ヒエログリフと中国の漢字が同じルーツを持つものだという説を唱えた学者もいたらしい。しかし、答えはそのどちらでもなかったことに注目したい。答えは表音文字でも表意文字でもなく、その両方だったのだ。前回のコラムに書いた量子力学においても同じような議論があった。光は波なのか粒子なのかという話だ。この時もその答えは「両方」だった。話題は違うけど、とてもよく似た話とは思われないだろうか。

今、世界中でいろんな価値観がぶつかり合っている。国のレベルでもしかり、民族のレベルでもしかり、社会の中でもしかり、会社の中でも同じかもしれない。数え上げればきりがないくらい、いろんな価値が互いに相容れることなくぶつかり合いを起こし、いつ解決するとも知れない衝突を続けている。ヒエログリフの例から解ることは、理想的には、あるいは効率的には、何か一つの考え方で進んだ方が良いと思っても、必ずしもそういう単純な仕組みで世の中ができているわけではないということである。ここで複数の考え方のハイブリッドによって問題にチャレンジすることは、何とか物事を収めようとする便法ではなく、より正しい考え方であるという立場をとることが大事だと思う。そんな風に考えてみると、答えへの手がかりは、自らと異なる意見を持つ人々の考えということにはなりはしないだろうか。表音文字と思った人が、表意文字の学説にも耳を傾けてみることができれば、ヒエログリフはもっと早く解読できたのかもしれないのだから。

レスリー・アドキンズ、ロイ・アドキンズ著、 木原武一訳 :ロゼッタストーン解読 、新潮文庫、2008

 

 


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