2017年1月6日
Vol.194
 
     
抗生物質について

調子が悪くなって病院に行く。医師は、口をあけさせたり聴診器を当てたりして診断をする。時には血液検査などもあるかもしれない。最後に、「そうですねえ。急性胃腸炎でしょう。薬を出しておきますね。」ということになって診断は終わる。ざっと、こんな感じだろうか。

もちろん、先生は詳しい薬の説明なんかしないから(する先生もいるかもしれないが)、何だかわからないけど、処方箋を薬局に持っていって薬をもらって家に帰る。流行りのインフルエンザやノロウイルスに感染していなかったことに肩をなでおろし、「受験生もいるし、やっぱり病院に行っておいてよかったね。安心だね。」ということになる。

こういう時に大体出てくるのが、抗生物質という薬である。抗生剤と呼ばれることもある。最初にこの種類の薬としてアオカビから精製されたのが、ペニシリンという抗生物質だ。抗生物質にも今やいろいろな種類があるのだが、ペニシリン系の抗生物質というのは、細胞壁を作れないようにして細菌を死滅させるのだという。ちなみに、インフルエンザやノロウイルスなどは、細菌ではなくウイルスによって引き起こされる。ウイルスには細胞壁がないので、基本的には抗生物質は効かないのだという。

抗生物質というのは第二次世界大戦のころに製品化された。それまで多くの兵士が戦場での傷病に伴う感染症で命を落としていたのだが、この魔法の薬によって劇的に治癒率が上昇することになった。これまでの人類の発明の中でも、最大級のものといっても良いだろう。

それ以来、実に様々な抗生物質が開発され、疾病を引き起こす細菌の種類によって使い分けられている。手術や分娩などで感染を起こす前に予防的に抗生物質が投与されることもあるらしい。今や莫大な量の抗生物質が世界中の病院で使われている。おかげで、いろんな感染症で命を落とすことがなくなり、人々の寿命が飛躍的に伸びた。

私事で恐縮だが、健康診断で胃潰瘍になっているという診断がくだり、調べたらピロリ菌が胃にいるらしいということになった。(そうです。東京ガスで開発された診断薬です!)医者から除菌をした方が良いということで、一週間連続で抗生物質を投与された。めでたくピロリ菌はいなくなって、胃潰瘍も治った。

と、ここまでは良い話なのだが、すでにご存じのように抗生物質の大量使用によってほとんどの細菌が死滅した後に、突然変異で生まれたいわゆる耐性菌がはびこってしまうという厄介な問題が浮上して来ている。MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)というのが有名だが、ほとんどの抗生物質が効かないような細菌もいるらしい。何とも恐ろしい話である。

ピロリ菌についても、どうやらピロリ菌は悪さばかりしている訳でなく、体の免疫系を刺激して、他のアレルギー反応を抑制していることがわかってきたというのだ。特に幼少のころにピロリ菌を持っていると喘息などが起こりにくいらしいのである。おいおい、いまさらそういうことを言われても困るんですがね。

抗生物質という夢の薬ができて、人々は感染症を撲滅できるのではないかと思った。でも、その多用によって、強力な耐性菌が生まれ、腸内細菌の分布(腸内フローラ)が乱れたりして新たな問題が起きつつあるのだという。ものすごく良いことが起きると、必ずその反動として悪いことが起きる。こういうことって抗生物質だけではなく、世の中の常なのではないかと思う。抗生物質の一連の経過もその例に過ぎないし、もちろん逆の例を見つけるのも難しいことではない。つまり、ものすごく悪いことが起きると、次には良いことが起きる。例えば戦争で多くの人が亡くなった(悪いこと)が、そのことが人々の心に反戦の気持ちを植え付け、少なくとも日本は戦争に巻き込まれずここまで来た(良いこと)。こういうのを「人間万事塞翁が馬」というのだろう。なんだか、当たり前の結論になってしまった。

参考文献:マーチン・J・ブレーザー:失われていく、我々の内なる細菌、2015、みすず書房

 

 


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