2013年12月24日
Vol.156
 
     
成功の神様のささやき

科学の発達というのは、これまでに多くの人が気付かなかったところに意識を向けた人によってなされる。これまで誤差と思われていた、わずかな理論と実際のデータの差異を見事に説明する新理論の発見などは、科学の歴史の中では枚挙にいとまがない。ニュートンの力学理論は、我々の普通の生活の範囲では極めて上手く現象を説明できるが、ものすごいスピードになったり、すごい大きさ(すごく小さい場合も)になったりすると、だんだん上手くいかなくなる。そこでアインシュタインの相対性理論や量子力学が、その誤差を埋める理論として登場してきたというわけである。

後からその過程を見ると、天才科学者のすごいひらめきと執念で、新しい理論を打ち立てた素晴らしい研究ということになる。でも、それが現在形で目の前にあると話が違ってくる。目の前にあるデータや現象は、これまでに確立された理論によって我々は理解しているので、そこからはみ出たデータを受け入れることはできない。要するにそれは“おかしなデータ”である訳だから、思考の中から捨て去られなければいけないのである。自分の思考のフーレムワークの外にある現象を受け入れることは容易なことではない。

そんな頭痛のしそうな科学研究の分野で素晴らしい成果を上げる人は、自らの理解する世界像が必ずしも全てではないことを認めているのだと思う。そういう謙虚さを持たない科学者に科学の女神がほほ笑むことはないのだろう。

実は、こういう考え方は科学の分野だけには限らない。ビジネスの世界でも全く同じだ。自らのシナリオに基づくビジネス展開や、市場調査に基づく製品の市場投入など、経営者は何とか市場を理解しようとしてモデルを構築し、それを試す。でも、社会科学の分野というのは極めて複雑であり、人の心理まで入っていると、なかなか予想通りの展開というわけにはいかない。もちろん、そんなことは分かっているから、結果を見ながらいろいろと方策を考えて苦労していると、経営者からは言われるかもしれない。

でも、科学の分野同様、自らの理解の外に真実があるということを理解することは、それほど容易なことではないのである。分かっているつもりでいても、誰も分かってはいない、多分。じゃあ、どうすればいいかということになるのだけど、私は“偶然”に注目して見ることが大切ではないかと思っている。偶然に起こったことは、定義により意図的に起こったことではない。何かを考えている時に偶然そのことがテレビのニュースで流れたとか、同じようなことが立て続けに起こったとか、そういうことである。ちょっと神がかってきたけれど、自分の理解を超える何かを見つけるためには、“偶然”という成功の神様のささやきに耳を傾けてみるのはどうだろう。良いお年を。

 

 


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