2012年9月14日
Vol.144
 
     
変化について

私事だが、最近転居した。今まで何年も住んでいた場所から、住み慣れない新しい場所への引越しである。朝、家を出てから駅に行くまで、そして電車に乗ってから見える外の景色、勿論どちらもたいして代わり映えのするものではない。でも、それでもいろいろ前とは違いがあって楽しい。駅の雰囲気や歩いている人の感じも大分違う。

以前住んでいた時も、毎日の通勤の中ではいろいろ小さな事件が起こることはあった。会う人だって毎日同じとは限らない。でも、毎日毎日の通勤は、昨日と同じように今日も明日も繰り返されていく。そして、私の脳みその中にはそういう「毎日の通勤」というモデルが作られ、それと大体同じように起きている毎日の通勤は私に意識には上がらなくなっていったのである。ちょっとぐらいの違いがあっても、それは無視されてしまうのだ。電車で座った席の向かいにおじさんが座ろうが、若いオネエチャンが座ろうが、大勢に影響はない。

ところが引越しをして、いつもと全く違う通勤となると話は違ってくる。まだ脳みその中には「新しい経路の毎日の通勤」という項目がないので、見るもの聞くもの全てが意識に上ってくることになる。そして、繰り返し起こるイベントが少しずつ脳の中に刻み込まれて、だんだん意識から消えていくのだろう。

こんな風に考えると、人の意識というのはつくづく「変化」ということと密接に関連しているのだと思えてくる。変化しないものを私たちは認知することができないと言ってもいいのかもしれない。

そういえば昨日受けた社内監査の講習会でも講師の先生は、同じようなことを言っていた。「会社の仕組みで変化したところに目を向けましょう」、と。人員の変動や事務所の机の配置換え、そんな些細な事柄の背後に何か意味のあることが潜んでいるというのである。でも、これって研究開発も同じである。実験データの予想からのずれや、想定外の事象に目を向けるのは、研究者なら誰でも考えることだ。

私たちが考える「意味」は「変化」と深い関係がある。ビジネスでも同じだろう。1000億円の売上があることは勿論大事だけど、それが来年+10億円になるか−10億円になるか、注目すべきはそっちの方なんだろう。その変化の裏には必ず何らかの「意味」があるはずだから。


 


 

 


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