2011年3月23日
Vol.120

 
     
たゆたえども沈まず

もともとはパリ市の紋章に書かれているラテン語の標語らしい。私たちは、会社でも学校でも何かはっきりとした目標に向かって進む。まずはゴールを決めてそこへの道筋を検討する。今年の売り上げはいくらとか、テストの成績を何点とか、そんな具合だ。なぜ、そんなことをするのかと、まじめに考えたこともなかったけれど、要するに我々人間の脳みそは、実際に目に見えるものや説明できるものが必要なのである。実際に「これ」と言えないような抽象的な概念というのは、サクッと理解できないから困ってしまうのだ。

でも、どう考えても世の中の物事というのは、そうかっちりとは出来ていない。ある戦略をとって成功するかあるいは失敗するかは、90%くらいは成功し10%くらいは失敗する。まあ、そんな感じだ。ものごとに100%はないのだから。でも、理屈では物事は割り切れないと分かっていても、我々の現実の選択肢は、その戦略を採用するか採用しないかのどちらかしかないのだから、確率で物事を定義するようなことに意味があるとは考えにくいだろう。

でも、何かをするときにちょっとだけ不確定要素というか遊びの部分を残しておくことはできるようにも思える。目標の値に幅を持たせるとか、自分の態度を明確にしないでおくことが交渉を進める上で有利に働くこともあるだろう。全ての事柄にぶれ(遊び)がないシステムというのは、ほんのわずかな事柄が引き金になってとんでもない結果をもたらすこともありうるのだ。

このように考えると、「きちんとした情報」というものには十分注意をした方がいいということが言えるのではないだろうか。むしろ、「だいたいの情報」なら多少は信じてもいいかもしれない。もちろん全く情報がないのもいただけないが。そういえば昔の天気予報では、明日の天気は雨か晴れしかなかった。でも今は降水確率40%というようになった。確かに情報の質は上がったのだろうけれど、じゃあ明日傘を40%持って行くというわけにはいかない。ここが悩ましくはあるのだけれど、

「もしかしたら雨が降るかもしれないから小さな傘を持って行こう。」

ぐらいの対応はできるというものだ。そういう感覚が重要なのだと思う。

「たゆたえども沈まず」

ふらふら揺れてはいるけれども沈まない船のような、そんなありようが実は物事を進めるための要諦なのかもしれない。

 

 


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