2009年9月24日
Vol.103
 
     
確証バイアス

あまり聞きなれない言葉かもしれない。最近読んだ新書「論文捏造」(中公新書ラクレ、村松 秀著)で出てきた言葉だ。この本は2001年ごろにアメリカのベル研究所で実際に起きた歴史上最大級の研究成果の捏造事件に関するNHKのドキュメンタリーを出版したものであり、ドイツ人の若手研究者の花々しい成功と没落のプロセスが丹念に調べられてある。

最終的には、そのドイツ人研究者のデータはすべて捏造されたものであり、論文で主張されていた理論は空想に過ぎないことが判明する。しかし、彼が最初にセンセーショナルな超電導に関する論文を提出してから事実関係が明らかになるまでには、実に数年の時間がかかった。そこにはいくつかの理由が考えられるのだが、大きな理由の一つが、彼が世界的に権威のあるベル研究所の研究員であり、さらには彼のグループのリーダーが、超電導の世界では非常に有名な大研究者であったことであったらしい。

つまり、ベル研究所の研究者が書いたものすごい研究成果が嘘であるはずがないと皆が思ったのだ。まあ、それはそうかもしれない。日本なら東大の有名な教授の研究室からすごい研究成果が論文として出版されたら、まあ誰だってそれは本当だと思うだろう。ここで確証バイアスという状況が生まれる。つまり、人々は目の前にある事柄をいったん真実だと思ってしまうと、例えそのことに反する事柄が発生しても、人は容易にその考えを変えないという、つまり判断にバイアスがかかってしまうのである。

上記の捏造事件の場合、多くの研究者がベル研の成果を再現しようと追試と呼ばれる実験を行ったが、誰一人うまくいかなかった。もちろん、研究データは捏造なのだから、論文に書いてある通りの実験をしたってうまくいくはずがない。でも、その時点では捏造であるということはわかっていないから、自ら得られた実験結果に対して研究者たちはその論文が誤っているとは考えずに、自らの実験の方法に問題があると考えたのだ。一旦頭の中で「真」としてラベルづけされた概念に対して、人間は外界からの情報に対して操作を加えて、頭の中のロジックとの整合を自動的にとってしまうのだ。まさにその時確証バイアスと呼ばれる状況が世界中で起きていたのである。

最近よく耳にするオレオレ詐欺もまったくこれと同じことだろう。電話の先の相手を身内だと一度結論付けてしまうと、誰が何と言おうとその考えを変えず、ついには大金を振り込んでしまうのだ。確証バイアスというロックが頭の中にかかってしまうと、人の思考のバラエティは失われてしまうのである。

そんなことがあるものか、と思う人もいるかもしれない。いつも自分は周りの状況を冷静に分析していると。でも、よく考えてみると人間の物事の理解というのは、多かれ少なかれ思い込みのようなものであるとも言えるのではないだろうか。本当に客観的な事実などありはしないのである。頭の中で生まれた仮説を周辺の事実を比較して、うまく折り合いがつけばそれは事実として脳の中で強化されていく。確証バイアスと呼ばれる困った性質は、実はわれわれの認知プロセスそのものなのだと思う。

客観的に事象を分析することが科学のもっとも基本的な態度だと言う。でも、もし人間の認識そのものが思い込みに根差したものだとしたら、人間の行う科学って一体どういうことだということになるのだろうか。

 

 

 


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