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2009年5月19日

Vol.099

     
事実の数について
 
       
 

もともとは(いや一応今でも)技術屋なので、基本的にはサイエンスという方法論で身の回りのいろんなことを考えている。モノが下に向かって落ちるのはニュートンの万有引力があるからだし、モノが見えるのは光が網膜に当たって化学反応をおこすからだ。そういういろんな事実を学校で一生懸命勉強して、それを元にして社会でのいろんな事柄を説明しようと日々考えているわけだ。

技術屋にとっては、事実というのは一つしかない。周りで誰が何を考えようと、二つの分子が引き合うことは客観的に説明される理論に基づく現象であって、それ以上のことはない。もしかすると新しい理論が、これまでの理論を上回る精度で登場するかもしれないが、それは科学技術の進歩ということで、事実が一つであることとは関係がない。認識というのは事実(真実)に向かう果てのない営みであるというのが、サイエンスという枠組みであると言えるかもしれない。

こういうことは、世の中のすべての人が理解していることだとずっと思っていた。が、実はもう一つ別の大きな流派があることに気がついた(たぶんこちらの流派の方が多数派だろう)。というのもここ数年、どちらかというと営業っぽい仕事が多くなった。営業という仕事は、とにかく話をまとめることが大切である。引き合いを受注に結びつけ、利益をきちんと出し、クレームにならないように段取りをする。たとえば納める部品が、最初に言っていたものと違うものが来てしまったとしよう。もちろん、返品ができて納期も間に合うのであれば、それで問題はない。しかし、これから返品したのでは納期が守れなかったらどうするか。ここで営業というのは、ありとあらゆる方法を考えて解決策を考えることになる。とにかく、厭でも考えないと話がおさまらないのだから仕方がない。お客様に謝って了解を得るというのも一つの手かもしれない。ただ、これは最後の手段。仕様書をよく読んで、別の部品でも一応スペックに入っていると読み込めないか詭弁を弄する。そういう、技術屋からみると「いい加減」な仕事をせざるを得ない立場に居て思うようになったことは、事実というのは一つではないんだなあということである。

逆にいえば、技術屋が考える通りに話が進んでいる時には、営業なんて大した仕事をしなくてもいいのである。会議の時にコーヒーでも頼んで、あとはよくわからない技術の話に相槌でも打っていれば話は終わる。亀有派出所の両津よろしく、プラモデルでも作っていればいい。だいたい、よくわかりもしない技術の難しい理論に口をはさむのは越権行為というものだ。だが、一度トラブルやコンフリクトが発生すれば、営業の出番である。今までのシナリオをどう変更してゴールに向かって進むかを先頭になって考えるのである。まあ、仕事というのは、思った通りに運ばないものであるとすれば、営業が暇なまま仕事が終わることはないのではある。たくさんの事実の中から、もっとも使えそうな一つを拾い上げるのが営業の仕事なのだ。事実は決して一つではない。

いや、それは認識論であって事実ではないと技術屋はなお言うかもしれない。では一体事実とは何だろう。サイエンスだって、それは事実を理解するための一つの方法論であって、サイエンスそれ自身が事実ではない。科学者は、自らの理論が完璧なものではなく、いつかは新しい理論によって乗り越えられるものであることを認めている。つまり、極論すれば万有引力の法則も営業が考える仕様の斜め読みも同じ土俵の上にあるのである。そんなことを言ったらニュートンは怒るかなあ。

 

 

 
       
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