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2007年7月27日

Vol.072

     
柔軟であること
 
       
 

 

毎日の仕事の中で様々な問題に出くわす。それを解決するためには、今までの慣習や思い込みを捨て、柔軟に対応することが大切だ。一見解決できなさそうに見える問題でも、注意深くそしてしつこく問題に取り組んでいくと、そのうち解決策の糸口が見えてくる。すべての事柄はあきらめた瞬間に終わってしまう。あきらめない限り、解決の可能性はゼロではない。まあ、誰がどう見ても失敗にしか見えない状況で、ひとりで頑張り続けることは、そう簡単なことではない。リーダーと呼ばれる人に求められる資質というのは、まさにそういう執念なのかもしれない。

と、ここまでの話は今までにも何回か議論したことがあるような気がする。でも、ここまでの議論で何か変なことに気がついた。つまり、リーダーが何かを成し遂げようとする信念というのは、その問題解決のために必要な「柔軟性」という資質と全く反対の事柄ではないかということだ。信念というのはその定義においてふらふらと揺らいではいけない。今日はこうしようと思ったのに明日はああしようと思うではお話しにならない。それは信念なのだから、何があっても変えてはいけないのである。

変えてはいけない何かのためにほかの何かを柔軟に変えていく。それこそが何かを成し遂げるための王道なのである。でも、私たちの人生の中で、何が目標で何がプロセスなのかということは、そう簡単に決められないことが多いのも事実だ。朝起きて会社に行くことははたして目標なのかプロセスなのか。お金をもらうことが目標なら、会社へ行くことはプロセスにすぎないだろう。でも、お金を稼ぐことではなく、会社でいろんな仕事をして充実した毎日を送ることが目標だとすれば、会社へ行くことはそれ自身が目標だと言えなくもない。その行為が目標なのかプロセスなのかは要するに主観的な問題であって、その事柄に付随する絶対的な特性ではないのだ。

こうなってくると、人は物事に柔軟であるべきなのか頑なであるべきなのか、という問題への答えはよくわからなくなってしまう。それがゴールなら頑なに守るべきであり、手段であるのなら固執せず柔軟であるべきであるということになるが、そのゴールと手段だって時とともに変化していく。そう考えると簡単なレシピなどありそうもない。

柔軟であることと頑なであること。それは一見全く反対の意味の概念なのだが、実はそれは物事の表と裏にすぎないのではないのだろうか。そのどちらもが正しく、そのどちらもが間違っている。そんな気がしてきた。だから、仕事が続かなくって会社をすぐやめる人だって自分の人生を悔やむ必要はないし、いくら一つの会社で40年頑張ったって大して威張るようなことではないのかもしれない。もちろん、その又逆も言える。そんな風に考えたらちょっとは人生楽にはなりませんかね。

 

 
       
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