商売のサイエンス トップへ

 

     

2006年7月10日

Vol.054

     
運命について
 
       
 

運命という言葉を知らない人はいないだろう。でも、それを信じるかどうかとなるとちょっと話は違うかもしれない。未来は何も決まっていない、何を今私達が考え、何をしていくかによって全ては決まっていく。そういう風に思う人もたくさんいるに違いない。

でも、運命を信じない人でも「あー、どうしようもないな」と思う時はあるに違いない。仕事をしていて、とんでもない事が起こり、これから先はどうあがいてもどうにもならない時の経験なら誰でもあるだろう。自分がいくら努力してもどうにもならない現実、私達はそれを受け入れるしかない。そんな瞬間である。

それって、運命じゃないの?と思うのだ。誰がどうやっても変える事のできない流れ、それはすなわち運命なのである。またまた、だからどうしたのといわれそうな話であるが、私はこの当たり前の経験に、もの事の本質が含まれている気がしてならない。もの事がどう流れていくのか、運命とは何であるか、そんな事柄に対する答えが潜んでいると思えて仕方がない。

上にあげたお話をひっくり返してみよう。つまり、運命を見極めるためには、「あー、どうしようもないな」という状況を作り出せばいいということにはなりはしまいか。あの選択もこの選択もあるなあと思っている間は、運命は見えてこない。あの選択かこの選択か、どっちが運命かはわからない。それではと「あの選択」を実行に移してみたとする。もし、それがうまく行かなければ、もう残りは「この選択」にかけるしかなくなる。その瞬間、運命の糸がぼおっと目の前に浮かび上がってくるのである。

「人事を尽くして天命を待つ」

という言葉がある。まさにこのことである。人事を尽くすことによって次第に見えてくる天命。そういう気持ちがこの言葉には凝縮されているに違いない。

でも、この話って未来が見えるとかそういう占いみたいな話のように思えるかもしれないが、実はそうではない。なぜかといえば、たっぷりと時間がある間はあれやこれやといろんな選択肢がある。時間的にぎりぎりになって追い込まれていって初めて運命というのは見えてくるのだ。だから運命がわかったからといって別の選択肢を選ぶことはできないのだ。大体、もう運命は決まっているんだから、それから別の選択肢というのは矛盾である。いずれにしても、運命なんかわかったところで何の役にも立ちはしないのである。

では人事を尽くして天命を待っても仕方がないのか。いや、多分そんなことはあるまい。どんなことであれ目の前に起ころうとしていることに冷静に眼を向け、落ち着いてそれを受け止める事が出来れば、多分その運命もちょっとは自分の思っている方向に向ける事が出来るのだと思う。それはほんのわずかでしかないかもしれないが。

 

 

 

 
       
  ← Vol..053
Vol..055 →  
       


Copyright 2018 TOKYO GAS ENGINEERING SOLUTIONS CORP. all rights reserved.

個人情報のお取り扱いについて