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2006年2月3日

Vol.038

     
苦労について
 
       
 

仕事でも趣味でも上手くいかなくて苦労することがある。いや、毎日はそういうことの連続とも言えるだろう。自分のやっていることに嫌悪を感じることも良くあることだろう。

上手くいかないというとは、たとえば仕事だったら自社と付き合いのある会社の見解の相違によるものかもしれないし、趣味だったら自分が思っていることと実際の状況が合致しないことだったりするかもしれない。

でも最近よく思うのだが、そういう異質なものがぶつかり合うところというのは、実は何か新しいことを生み出すところであることがとても多いと思うのだ。つまり、自分でうまくいかないなあと思うということは、まさにその瞬間に何かがそこで生まれつつあることと同値なのではないだろうか。それは、自分のいる場所からは良く見えないことが多い。なんたって本人はつらくて仕方がないのだから、それを捕まえてうまくいっているといっても実感がわかないのも致し方ないかもしれない。

でも、どうも異質なもののぶつかり合う場所というのが何かを生み出すことに間違いなさそうなのである。それは寒流と暖流がぶつかり合うところにプランクトンがたくさん発生して魚がたくさん取れることのようなものである。あるいは、海外の技術を国内に持ってきてそれが価値を生むこととも似ているかもしれない。とにかくこれまでの調和を破って違うもの同士がぶつかり合うことが大事だ。そしてそれは例外なく痛みを伴うのである。その痛みを当の本人は「うまくいかない」という感覚で受け止めるのだ。

逆を考えてみるのも面白いかもしれない。もし、みんなが自分の言うことを聞いてくれて順風満帆の仕事をしているとすれば、それはもう何も生まなくなっているのかもしれない。上り調子に見えて実は破綻に向かい始めているのかもしれない。写真を撮影する技術だって、これでいいと思っているとすれば、そこから生まれる作品にはもう輝きがないに違いない。どんな小さなことでも、改善をしようとして思うようにならずに身悶えをしていて初めてその作品は光を帯びてくる。

もし、あなたが何かに身悶えをして苦しんでいるとしたら私ははこう言いたい。「大丈夫、あなたは正しい道を歩んでいる」と。

もう一つ、身悶えして苦しんでいるときどうすればいいか。私はその状況を素直に受け入れることが大切ではないかと思う。どちらかの対場に立ってしまうことによって、それは正と悪の対立構図となる。二つの立場には正悪はないという視点にどれだけ冷静に立てるか、あるいはその対立の意味は何かを考える、そこが大切だけど一番難しくもある。そして、最後の最後にはどっちかの立場に立たなければいけない。それは妥協であるかもしれないのだけれど、どっちか一方を取らないと、そこには意味を作り出すこともできないのだ。何と人生とは難しいものなのだろうか。

 
       
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