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2005年9月22日

Vol.023

     
メールのやりとりについて
 
       
 

実は私はいまだに携帯電話というものを持っていない絶滅危惧種といわれてもいいくらいに珍しい存在だろう。たまに出張した時に携帯電話があると便利かなあと思わないこともないのだが、それもほんのたまのことで今のところ差し迫った必要性は感じていない。

ということで携帯でメールを送ることはないのだが、もちろん会社ではパソコンを使ったメールは使っている。さすがに会社でもメールが使えませんでは仕事にならない。その毎日使うメールの使い方で以前から気になっていたことが一つある。それは、誰かにメールを送って返事をもらった時にいつも発生する問題だ。

というのも、例えば目上の人にメールを送ったとしよう。それは何かのお礼のメールだったかもしれない。こちらとしては、お礼のメールなのだから別に返事など期待してはいないし、何も返事が来なくても腹などたったりはしない。だが、予想に反して“お礼のお礼”のメールが来たりすることもある。こうなるとこちらはちょっと当惑してしまうのだ。

相手は目上の人である。日本的な礼儀からすれば目上の人からメールをもらってそのままというのはいかにも失礼になる。とすれば、お礼のお礼であっても返事をしない訳にはいかない。「ご丁寧なお返事恐れ入ります。」くらいのメールはまた出すかもしれない。

要するにこういう話はきりがないのである。どこで一連のメールのやり取りをおしまいにするか。まあ、どうでもいいといえばどうでもいいことなのだか、どうも気になって仕方がない。このままでは、携帯電話会社が儲かるだけである。なんとかいい方法を見つけなければ無意味に日本のGNPだけが増大することになってしまう。

ではどうすればいいか。残念ながらこれという方策は見つかっていない。何しろ気分の問題というのは難しい。人それぞれ感じ方は違うのだから。この問題を難しくしている理由は、返事のメールを書くのは善意からやっていることにある。相手にいやな思いをさせるためにやっている訳ではないことを、「止めなさい」と言って聞く人はそうはいないだろう。確かに相手にお礼の気持ちを表せないというのは失礼な話であり、ちゃんとメールででもお礼をするのは大切なことには違いない。

どこかで、どちらかが失礼をしなくてはいけないのだ。相手のメールに返事をしないという「失礼」をしなければ話は終わらない。もしかすると相手が立腹するかもしれないというリスクをとって返事をしないという行為をしなければいけないのである。

小学校のころから、私達は人に優しくしましょうとか一生懸命勉強しましょうとか、そういうことは良いことだと教わってきた。そのことに異論を挟むつもりはもちろんない。でも、携帯電話の話でもわかるように単純に「礼儀を守る」ということだけではものごとは回らなくなってしまう。いつまでも相手のメールに返事を出し続ける行為は、最初は礼儀正しいことだったかもしれないが、そのうち自己満足のわがままな行為にもなりかねないのだから。人生には悪者を演じるときというのも必ずあるに違いない。

 
       
 
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