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2005年8月8日

Vol.016

     
ピエロあるいはドンキホーテ
 
       
 

道化(どうけ)とは一体何か。時々そんなことを考えるようになった。ピエロはちょっと投げやりに観客を笑わせる。人に笑われてなんぼの道化たち。彼らは自ら望んでそういう役回りを演じているのだろうか。

今私は全ての営みは演技ではないかと思い始めている。

━━ 完全な製品などできっこないのに製品の改良に必死に取り組むこと

━━ 他人に自分の意思など伝わりっこないのに必死に自分の説を説明すること

━━ 未来に起こることなんてもしかすると既に決まっているのに抗って努力すること

物事に「絶対」はないとすれば、何かをいくら努力してもそのゴールに完全に達することは出来ない。それを認めることは、ちょっと寂しいことである。「何でもいつかは達成できると信じてがんばる事が大事」と言う方がいいに決まっている。

でも、リアリティはただ明るいだけのものではない気がする。ピエロがちょっとシニカルに笑いをとったり、ドンキホーテが馬にまたがって水車に立ち向かう光景、そんな道化の姿こそ何か人生の本質をついているような気がするのだ。

そんな一抹のあきらめの上に繰り広げられる努力こそ、美しさの根源なのかもしれないと思う。出来ることがわかっているなら、それをやり遂げることは大して難しくない。いや、その道程は大変なのかもしれないが、答えがあることが保証されていれば、それはたいした話ではない。ただ、やり続ければいつかはゴールにたどり着けるのだから。

ゴールがあるかどうかわからない、いや、ゴールはないことがはっきりと認識されているにもかかわらず、そのゴールに向かって突進する。それは、言ってみれば無駄な努力である。そんな無駄を迫真の演技でこなし続けること、それが最も美しい生き方なのだと思う。

野球の応援団なんて、何の意味があるというのか。巨人が勝っても自分にお金が返ってくるわけではない。会社で出世することにどれだけの意味があるのか。ちょっと給料が上がるだけではないか。カメラで写真をとってどうするのか。その写真が売れる訳でもないのに。みんな、ごもっともなご意見である。でも、やっている人はそんなことは皆わかっているのだ。わかった上で、がんばっているのである。全ての人は、そんな演技をしながら人生を歩んで行くしかない。皆さん、お疲れ様


 
       
 
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